生き慣れ、死に慣れ


「慣れ」
という感覚でとらえて良いのかわからないけれど、
少し「生きる事に慣れた」かなと感じるようになった。
自分が得意な事、出来ない事が分かってきて、
なんとなく残っている時間も感じられるようになり、
大切な事、不要な事も見えてきた。
つまりは、やっとスタートラインに立ったのかなと。
出来ない自分も認めて、アフターフォローして、
助けを求めて、なんとかやっていける。
逆に、助けを求められれば、全力を尽くす。
「生き慣れ」を言い換えると、
自分の使い方に慣れてきたというところ。


そして、これから年を重ねると「死に慣れ」
していくのかなと。
若い頃の友人の死の衝撃は大きく、何年も引きずる。
年を重ねると1年なり、数ヶ月なり短くなっていく。
そして、死に慣れ、自分が死ぬ事も受け入れて、生きていけるようになる。
それが「生き慣れ、死に慣れ」という事なのかなと。
人間は適応範囲が広いので、幸せな状態にも慣れるし、不幸な状態にも慣れる。
美味しいモノを毎日食べても慣れるし、不味いモノを毎日食べても慣れる。
やはり、自分の目指すべきモノが何なのかを見つめる事が一番重要だと思うわけです。
そこで思う事は、自分の親の事を凄いと思うように、
自分の子供が私の事を凄いなと思ってくれるようにはなりたいなと。

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